
韓国のインディーカルチャーで、音楽にイ・ランがいれば、文藝にはイ・スラがいる!
今年一番落ち込んでいた日。歌舞伎町を歩いていたら、前からいつかのマンガで見たような、化学実験の爆発の後ようにぼうぼうの剛毛を逆立てたおじさんが歩いてきて、思わず心が和んだことがあります。「僕の頭髪は0.3人分のバーコードなのに、あのおじさんには5人分くらいの毛髪があるなんて…不公平、でも可笑しい」
『日刊イ・スラ 私たちのあいだの話』を読んで、なぜかそんな日の出来事を思い出しました。毎日メールで届くどこかの誰かの話は、誰かに思いがけず何かを引き起こす作用があるかもしれない、そんな繋がりを感じるエッセイ。
今日もなんとか生きている私やあなたに。
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27歳の私は “毎日” 文章をメールで送り始めた。
学資ローン返済のために
ひとりで始めた「日刊」連載プロジェクト。
恋人、家族、友人、文章教室、日々の運動。
愛すべき他人から発見した、私たちと“地続き”の話。
韓国の新星を日本初紹介。
みずみずしい随筆(エッセイ)の息吹。
2018年、当時27歳だったイ・スラは、250万円の学資ローンを返済するために、毎日1本、文章を書いてメールで配信する連載プロジェクトを始めた。その名も「日刊イ・スラ」。
「誰からも依頼されずに文章を書きます。月・火・水・木・金曜日は連載して、週末は休みます。購読料は1カ月で1万ウォン(約千円)、20編送ります。1編が500ウォンなので、おでん一串よりは安いですが、それ以上に満足していただけるように努力します」
連載はたちまち反響を呼び、その半年分の文章をまとめた『日刊イ・スラ 随筆集』は600ページ近い分量にもかかわらずベストセラーになる(2018年の全国独立書店が選ぶ「今年の本」にも選出)。
書かれているのは、子供時代の淡い恋心、山登りでの祖父との喧嘩、恋人と誕生日に交わした言葉、文章教室での子供たちの作文、母が自分を妊娠したときの記憶、ヌードモデル時代の話……。「日記」のような形式でありながら、1本1本が独立した短いエッセイ。日常に転がっている愛とおかしみが、ときに文体を変えて、みずみずしく描き出される。
日本語版『日刊イ・スラ』は、イ・スラ初の散文集『日刊イ・スラ 随筆集』と、プロジェクトのシーズン2をまとめた『心身鍛錬』の2冊から、41編の文章を厳選してオリジナル版とした。韓国の新しい書き手を日本で初めて紹介する。
〜出版社レビュー
「何かについて気になり始めたら、私たちは動きだす。好奇心は愛の始まりだから」
……(「手紙の主語」)
「あなたを身ごもったときのことを正確に記憶している、と母は言った」
……(「懐胎」)
「逆立ちをしながら祖父のことを考えた。祖父もよく逆立ちをする」
……(「あなたがいるから深いです」)
最善を尽くしたら私は絶対に転ばなかった。テウもそうだったはず。
……(「滑って転ぶ練習」)
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日本語版の読者のみなさんへ
私は、今この本を開いてくれた隣の国の読者のみなさんの顔を思い描いています。まだ見ぬ顔であっても、好奇心と慎み深い心をたたえたその顔を、すでに好きになっています。自分とは違う考えを持つ他人に関心を持ち、知ろうとする人が、美しくないわけがないと思うのです。自分のことしかわからない「私」から抜け出し、経験したことのない人生に立ち会い、会ったことのない存在について泣いたり笑ったりする。それが、本を読む人の内側で起きていることです。私が書いたフィクションとノンフィクションのあいだの文章が、輝く光と、温かい影を描き出せていれば幸いです。
この日本語版『日刊イ・スラ』は、私が二〇一八年から二〇一九年にかけて書いた散文を収めた本です。私の最初の本、『日刊イ・スラ 随筆集』と、二冊目の『心身鍛錬』から文章を選んで一冊にまとめました。これらはすべて「日刊イ・スラ」という連載プロジェクトで書いたものです。「日刊イ・スラ」は文字通り、私イ・スラが一日一編、文章を書いてメールで送るプロジェクトです。作家は通常、新聞社や雑誌社、出版社から依頼されて紙面に文章を発表します。ですが、私が二十七歳のときは生活費もなく、学資ローンが山のように残っていたため、媒体からの依頼をただ待つわけにはいきませんでした。それで始めたのが、この連載プロジェクトです。野菜の直売のように、どんな媒体も通さずに読者と直接取引きしたいと思ったのです。
当時はこのやり方の前例がなく、うまくいくのかもわかりませんでしたが、とにかくお金を稼ぐために始めました。「誰からも依頼されずに文章を書きます。月・火・水・木・金曜日は連載して、週末は休みます。購読料は一カ月で一万ウォン(約千円)、二十編送ります。一編が五百ウォンなので、おでん一串よりは安いですが、それ以上に満足していただけるように努力します」。購読者を募るこの広告が拡散されて話題となり、購読を申し込んでくれる読者が増えました。驚くと同時にうれしくもありましたが、「これは大変なことになった」という気持ちのほうが大きかったです。なぜなら、それまで毎日文章を書いたことがなかったからです。
それでも、先にお金を受け取ったので約束は絶対に守らなければと思い、私は毎日書くようになりました。私たちはどうしたって約束を守りたがる生き物のようです。会ったことのない読者が私を信用し、購読料を払ってくれたことで、私は韓国初の「文学直売」を成功させました。その後も「日刊イ・スラ」は四年間、盛況に続きました。
この本は、若くて粗い百坪の畑のようなものです。このように勇敢に書くことはもうできないでしょう。だからこそ良いとも言えますが、成長しなければならないとも思います。
本書は私の初期の作品ですが、今はもっと多様なジャンルにわたって書いています。変化した私の最近の作品も、いつか日本のみなさんに読んでいただける日が来ることを願っています。その日を心待ちにしながら、楽しんで、ずっとずっと文章を書いていきます。
二〇二一年秋、ソウルにて
愛と勇気を込めて
イ・スラより
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◎著者プロフィール
著者:
イ・スラ(李瑟娥)
1992年、韓国・ソウル生まれ。「日刊イ・スラ」の発行人であり、ヘオム出版社の代表。雑誌ライター、ヌードモデル、文章教室の講師として働きながら、2013年に短編小説「商人たち」でデビュー。作家活動を始める。2018年2月、学資ローンの250万円を返済するために毎日1本、文章をメールで送るセルフ連載プロジェクト「日刊イ・スラ」を開始。たちまち大きな反響を呼び、半年分の連載をまとめて同年10月に刊行された『日刊イ・スラ 随筆集』(へオム出版社)は600ページ近い分量にもかかわらずベストセラーとなる(2018年の全国独立書店が選ぶ「今年の本」に選出)。「日刊イ・スラ」はその後もシーズンを重ね(現在は休載中)、随筆集『心身鍛錬』、インタビュー集『清らかな尊敬』、書評集『あなたはまた生まれるために待っている』など、これまでに9冊の本を出版。エッセイ、インタビュー、書評、コラム、漫画など、ジャンルを越えて執筆する。今も週に一度、10代の若者に文章を教えていて、イベントでは歌も歌う。毎朝の日課は、逆立ち。
ウェブサイト: https://www.sullalee.com/
インスタグラム: @sullalee
訳者:
原田里美(はらだ・さとみ)
1977年、東京都生まれ。アートディレクター、グラフィックデザイナー。2012年から新大久保語学院で韓国語の勉強を始め、現在は韓国文学クラスに在籍中。2016年からソウル大学語学堂に留学し、その間にソウル市内の本屋を30軒ほどめぐる。
宮里綾羽(みやざと・あやは)
1980年、沖縄県那覇市生まれ。多摩美術大学卒業。那覇市栄町市場にある宮里小書店の副店長。著書に『本日の栄町市場と、旅する小書店』(ボーダーインク)。
著者:イ・スラ
翻訳: 原田里美 、宮里綾羽
出版元:朝日出版社
表記:日本語
H186mm×W130mm/288P/2021
*Overseas shipping OK
*Free shipping on orders over ¥ 10,800
in Japan only. Overseas shipping charges apply.