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夕焼雲の彼方に―木下惠介とクィアな感性 / 久保 豊

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2020年、早稲田大学演劇博物館での“Inside/Outー映像文化とLGBTQ+”展も印象深い久保豊さんの新刊『夕焼け雲の彼方に〜木下恵介とクィアな感性』入荷しました。木下監督が一番好きだったという夕焼雲と『オズの魔法使い』の《虹の彼方に》を重ねた本の名前、とても素敵です。 「はじめに」に書かれた久保さんのプライベートな、子どもの頃からのお話も、そして、本の序章で紹介されている、1984年にNHKで放送された“この人 木下恵介ショー”で、当時71歳だった木下監督が番組の最後で語った言葉にも心を掴まれます。 「わたくしも昨年末に古希を迎えまして、もう残りは少なくなりました。 ちょうど十年前の還暦の頃にわたくし思ったんですけれども。 人間が生きるということは、自分を生きるのは、辺り構わず押し進んでいけば生きられますから、簡単だと思うんです。 しかし、自分が生きてたことを、わたくしが生きていたことを、誰かが本当に良かった、ありがたかった、感謝の気持ちで思い出してくれる方がなかったら、どんなに心細い人生を過ごしたことになるでしょうか。わたくしは、自分の締めくくりとして、どうか一人でもいい、そういう風にに思ってくれる人が欲しいと思うようになりました。 それが皆さん方である場合は、奥さんであり、ご主人であり、子供さんであるのですが、わたくしにはその両方ともございませんから、 血の繋がらない他人に求めなければなりませ。そのためにわたくしは、愛して、愛して、愛しぬかなければ、そういう人と巡り逢うことはないと思います。 わたくしは、自分の生きてきた証に、これからでも遅くない、誰かを愛して、愛して、愛しぬこうと思います。 そしてわたくしのあと何本も撮れない映画の中で、そういうわたくしの愛の想いが込もればいいなと思います。」 「愛して、愛して、愛しぬくこと」 本書で紹介されている木下監督の映画作品を見返しながら、じっくり読みたい一冊です。 ****** クィア批評を、日本映画史に刻み込む。 映画監督が残したクィアな痕跡を辿り、作品の積極的な読み替えを通して、異性愛規範によって声を奪われてきた観客の視線を提示/共有する、クィアな「観客」による映画批評の実践。 「本書は、現代を生きるクィアな観客の一人として、今や忘れ去られた映画監督の一人である木下惠介の映画作品に対してクィア批評を施す。それは自分が存在しなかった戦前から戦後にかけての過去を振り返り、その場にいたかもしれない想像上のクィアな観客として、その過去に潜在したかもしれないクィアな欲望の再創造/再想像を意味する。それは、一九四〇年代から一九五〇年代、かつて日本のどこかの映画館で木下映画を観ていたかもしれない「私」が映画スクリーンに見出した欲望を浮き彫りにし、読み解く実践にもなりうるかもしれない。本書が探求する木下惠介のクィアな感性とは、現代を生きるクィアな観客としての私と過去を生きたクィアな観客としての「私」とを時空間を超えてつなぎ合わせるポータルと化すのだ。」 「私は日本国内を研究拠点とする映画研究者の一人として、自らのセクシュアリティを通じて得た経験を映画分析の記述に含めていく姿勢を本書だけでなく、今後も重要視したいと考えている。私自身のセクシュアリティや欲望を一人の観客・研究者として隠蔽することは、二十世紀を通じて異性愛中心主義的な物語と表象に隠蔽され続けてきたクィアな観客の映画体験をさらに奥深くへ消し去ってしまいかねないからだ。私のセクシュアリティや欲望の固有性を日本映画史の再構築や映画分析の実践に刻み続けることで、私を含むクィアな観客の存在を曖昧にせず、再び見過ごされ抹消される可能性に対する抵抗を目指したい。」 〜「はじめに」より ◎目次 はじめに 序章 クィア映画批評による木下惠介映画の再評価 1 愛して、愛して、愛しぬくこと 2 木下映画の批評言説 3 クィア映画批評による木下映画の再考 4 本書の構成 第一章 はじまりの映画――木下惠介のホームムービー 1 はじまりの映画 2 ホームムービーの起源と政治的な役割 3 『我が家の記録』――家族篇 4 『我が家の記録』――撮影所篇 5 愛することを恐れる 6 木下惠介のホームムービーの映画史的な重要性 第二章 天女のくちづけ――『お嬢さん乾杯』にみる偽装の異性カップル 1 手の届かない美しさ 2 階級差が形成する冷たい喜劇性 3 男性同士の相補的関係と同性愛的読解の可能性 4 「変態」としての原節子――泰子の曖昧なセクシュアリティ 5 偽りのゴールイン 第三章 リリィ・カルメンのサヴァイヴァル――『カルメン』二部作における高峰秀子 1 「リリィ・カルメンです。どうぞよろしく」 2 クリエイティヴィティの起爆剤――木下と高峰の出会い 3 『カルメン』二部作における西洋性と芸術性の剥奪 4 詩と夢が織りなすコミュニティ――色彩・音楽・演技・受容 5 クィア的受容とキャンプ趣味 6 彼方へ向かう列車に乗って――芸術性が支える「サヴァイヴァル」 第四章 はぐらかしの切り返し――『海の花火』にみる異性愛中心主義の罠 1 ヒーローは遅れてやってくる 2 切り返しによる視線の一致と好意の形成 3 男女間における切り返し 4 異性愛規範的な期待と重圧からの脱出 5 みどりとの親近性 6 船上の抱擁 第五章 青春の美しさよ、さようなら――『夕やけ雲』にみる少年たちの友愛 1 青春を振り返る双眼鏡 2 家を継ぐこと、貧困から脱するための結婚 3 少年たちの友愛 4 触ること、魚臭さ 5 霞ゆくフラッシュバックの先に 6 夕焼雲へ寄り添うカメラ 第六章 クィアな感性の結実――『惜春鳥』再考 1 『薔薇族』に読む、かつての映画スクリーン 2 演技としてのホモエロティシズム 3 会津若松のローカリティと白虎隊の歴史 4 みどりの白虎隊剣舞 5 青年たちの白虎隊剣舞 6 ホモソーシャルな空間 7 みどりと英太郎――二枚目と心中物語 8 愛の表現 終章 読みの快楽から、体温のある存在へ あとがき ◎プロフィール 久保 豊(くぼ ゆたか) 1985年、徳島県生まれ。専門は映画学、クィア批評。京都大学大学院人間・環境学研究科にて修士号と博士号を取得。早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助教を経て、現在、金沢大学人間社会学域国際学類准教授。編著に『Inside/Out――映像文化とLGBTQ+』(早稲田大学演劇博物館、2020年)、論考に「SOMEDAYを夢見て――薔薇族映画「ぼくらの」三部作が描く男性同性愛者の世代」(『クィア・シネマ・スタディーズ』晃洋書房、2021年)、“Fading away from the Screen: Cinematic Responses to Queer Ageing in Contemporary Japanese Cinema"(Japanese Visual Media: Politicizing the Screen, Routledge, 2021)、「エヴァの呪縛に中指を突き立てる――『シン・エヴァンゲリオン劇場版 著:久保 豊 出版元:ナカニシヤ出版 表記:日本語 H188mm×W128mm/304P/2022 *Overseas shipping OK *Free shipping on orders over ¥ 10,800 in Japan only. Overseas shipping charges apply.