私は子どものころ、死んで、忘れ去られ、失われてゆくことが、怖くてしかたありませんでした。そんなとき、私はたまたまアンネ・アンネフランクの『アンネの日記』を読みました。
そこには、こう書かれてあったのです。
「わたしの望みは、死んでからもなお生きつづけること!」
実際、その日記はいまなお読みつがれ、アンネはその望みどおり、書くことによりいまなお生きつづけていました。
私はそれを読み、深く感動しました。
そして、いつか私も作家になりたいと夢みました。
いま私はアンネが死んだ年をとおに追い越して、すっかり大人になりました。あの頃の私とおなじ年になりつつある、子どもさえいます。
私は懸命に書き、書き続けてきました。
けれど、どんなにがんばっても全ては書ききれない。
そうして過去を振り返ると、これまでも歴史書や本に書きとめられることなく失われてしまった膨大なひとりひとりの人生や時間があることに、私は気がつきました。
そこには、アンネのように書いた、書いたけれど失われてしまった、あるいは書かなかった、書けなかったひとりひとりが、いたはずです。
けれど失われてしまったその人生が、その時間が、大切でなかったとは、決して私には思えないのです。
人は私もふくめ、いつかみんな死んでなくなります。
けれど、たとえその生が、忘れ去られ、失われてゆくものだとしても、いつかだれかが私の、私たちの声を見つけてくれるのではないかと、私は心のどこかで信じています。
だから、いま、私は耳を澄ませて、聞いてみたいと思うのです。
ずっと遠くの、あるいはすぐ近くの、だれかの声を、だれかの歌を。
小林エリカ
著:小林エリカ
出版元:岩崎書店
表記:日本語
H297mm×W210mm/32P/2021
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