ぼく自身のノオト / ヒュー・プレイサー
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ぼく自身のノオト / ヒュー・プレイサー

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ぼくにはわかっている、ぼくの人生をよぎるこの不安とは、「こうあるべき」自分と、ありのままの自分との戦いなんだーー。 ◎出版社レビューより 1979年に出版された『ぼく自身のノオト』 (原題:NOTES TO MYSELF)を初版時の瑞々しい翻訳で新装復刻。 訳者あとがき(初版時)より これは、一九七六年にBantam Booksから出版された‘Notes to Myself―My struggle to become a person’の日本語訳である。著者Hugh Pratherがこれを書いたのが一九七〇年で、そのとき彼は三十二歳、まったくの「無名」で、これといった「肩書き」もなかった。初版はアメリカ南西部のユタ州にある小さな出版社Real People Pressから大した広告もせずに発表され、数年の間に百万部を売りつくしている。内容は、小説でも詩集でもない。個人の日記の抜粋である。原文にはページ数の印刷がなく、どこから読んでもかまわないようになっており、もちろん目次もない。数年前まで学校のカウンセラーをやっていたというこの書き手は哲学者でも文学者でもなく、「みんなと同じ平凡な人間」である。 彼はいっさいの虚偽を許容できないらしい。彼は内的な現実をできる限り受けいれて、自らの内部にある真実を読者に伝えようとする。日本語を利用するなら、タテマエを拒否して、ホンネをできる限り表現することで、「ぼく」を確立する方法をさがし求めている。ゆえに、創作性のないこの本を文学性や思想性によって価値づけを行う必要はないし、実際にそんなことは不可能だろう。発想や行動の基盤をつねに「ぼく」に置いて、その「ぼく」の一部や全部が「ぼく」から遊離していくこと、さらに異物が「ぼく」のなかに入りこんで「ぼく」をしばりつけること、を罪悪視するのなら、実に日記という表現形式がもっともふさわしいものだったのである。私たちはホンネを言うことを自らを被害者化することと同じであると考え、「めめしい」と言ってそんな「ぼく」を切りすてようとする。しかし、著者のホンネは、決して弱音を吐くことではなく、自らの弱音をも自らのものとして語って相手と交流しようとする態度は一種の強さでもある。 ◎著者プロフィール:ヒュー・プレイサー 1938年、米ダラス生まれ。作家、カウンセラー、メソジスト教会牧師。1970年『NOTES TO MYSELF』によって、ベストセラー・エッセイストとなり、『誠実であるということ』『心のシンプルライフ』(邦訳、ヴォイス)ほか十数冊の著作がある。妻のゲイルとともに、家庭におけるアルコール依存や虐待、また危機をむかえたカップルのためのカウンセリングに長年従事。「Wisdom Radio」等に自身のラジオ番組も持った。2010年没。 著:ヒュー・プレイサー 翻訳:きたやまおさむ 挿画:中田いくみ 出版元:創元社 表記:日本語 ZINE H195mm×W135mm/223P/2020 *Overseas shipping OK *Free shipping on orders over ¥ 10,800 in Japan only. Overseas shipping charges apply.